翌日　紹介状を持って　大きな病院へ。
「こんなに大きな手術ができるところは　県内には　２箇所しかありませんからね。そのひとつに紹介状をかきますね」。
女医から受け取った封筒をにぎりしめて　私は　今日は　一人で歩いている。
私は　ベテラン。だって　１５年間の母の癌闘病を見てきたし　祖母の３年間の癌闘病も見てきたし　私の夫の両親だって　癌で死んでしまっているし。
私のまわりには　癌でなくなっている人がたくさんいるんですもの。
なんにも　知らないことなんかない。私は　癌のベテラン。ってつぶやきながら。

再度検査を受けて　医師は　いう。
「やはり　子宮体癌です。中期　でも　まだ　おとなしい癌かもしれない」
「えっと　手術の日は　1ヶ月後の６日にして　そして　入院は　ベッドの都合で　１０日後ですよ。」
「はぁー？　そんなむこうになってしまうのですかぁ？」
「ここの病院は　まだいいほうなんだよ。東京なんかいってみなさい。３ヶ月向こうなんて　ざらなんだからね」
・・この医師の話し方に　私は　ちょっと「むかっ」ときてしまって…・。

「でわ　あちらで　手続きを」と看護婦さん。
ほんの　１分ちょっとの会話で　この人から手術を受けることになるのだろうか。
その日の癌の告知には　なんか　泣けてきてしまった。
看護婦さんの前で　涙が流れ出してこまってしまった。
「私は　慣れているのに。。」と思いながらも涙がでた。
夫がそばにいなかったからだと思う。
夫の前では　泣けなかった。
私は　死んでいく人間。
夫は残される立場。両親が癌で亡くなり　さらに　妻が　同じことになる。
それが　かわいそうでならなかった。夫は　私にむけてその悲しみを送ってくるから　私は　それを受け取ることに必死で自分の悲しみは　遠くの方においてしまっていた。


１０日後の入院日にむけて　主婦の私は忙しかった。
家では　泣けない。
夫も子どもたちも　まもなく訪れる３人暮らしに　困惑してしまっている。

家の中で　そこここに　張り紙をしていった。
トイレの横には　トイレの掃除の仕方を。
風呂場の横には　風呂の洗い方を。
洗濯機の横には　洗濯の仕方を
冷蔵庫の扉には　肉料理・卵料理・野菜料理のレシピの数々。
夫には　こどもたちの接し方・スーパーの買物のしかた。
電話の横には　知り合いからかかってきた電話の応対方法。


入院1週間前からは　私がいないものとして　各人に実践をさせた。
家の仕事当番表も作った。
家族みんなが　私の思い通りに動いてくれないので　私は　
「どうして　出来ないの！」と　怒ってばかり過ごした。
朝起きて　ソファーに腰掛けて　腕を組んで黙ってみている私。
それぞれが起きてきて　私のメモを読みながら　
そそくさと動いていた。
きっと　こわかっただろうなぁ　みんな。

入院３日前になると　私は　新しく追加で冷凍庫と冷蔵庫を夫が買ってくれたので　そこを食べ物でいっぱいにする作業に没頭した。焼いた肉を一人分ずつの２０袋。ひき肉そぼろも　２０袋。一人分ずつ　ビニールに小分けして。ハンバーグもたぁくさん作って。

私は　家のことを完璧にしてから　家をあとにするつもりだった。
私が癌になったことは　誰にもいわなかった。知っているのは　夫だけ。
親戚にも　姉妹にもわが子たちにも。

　　　
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